東京から約1,000km南に位置する「小笠原諸島」。
その一つである父島には、私たちニチレイとのつながりがありました。
製氷工場がつないだ物語を、ひもといていきましょう。
独自の自然や文化が形成された小笠原諸島
透き通る海と雄大な空、固有のいきものが息づく島々。
ここは、父島列島、母島列島をはじめ、硫黄島、日本最南端の沖ノ鳥島、日本最東端の南鳥島など、30あまりの島々からなる小笠原諸島です。
およそ200年前まで「無人島(ボニン・アイランド)」と呼ばれていた小笠原諸島が、有人島になったのは、太平洋での捕鯨活動が盛んであった19世紀以降のこと。
1830年、捕鯨船に水と食料を供給するために住み着いた欧米人と太平洋諸島民が、最初の定住者だったといわれています※。
そこから島の魅力が広まっていき、現在は父島に2,000人以上、母島に400人以上(2025年11月1日現在)の住民が暮らしています。
※ 出典:東京都環境局「父島の歴史」
製氷工場がつないだ小笠原村とニチレイ
1923年、父島には、ニチレイの源流となる製氷会社のひとつ、日東製氷株式会社が建設した製氷工場がありました。
ニチレイ製氷工場記念碑
今でこそ、一般家庭でも簡単に手に入る氷ですが、かつてはごく限られた上流階級だけが口にできる、とてもぜいたくなものでした。
開国後、日本でも西洋から氷の利用法が伝わり、医療や食品保存に役立つことが知らされるようになります。これをきっかけに、国内でも天然氷の採取が広がっていきました。
その後、需要の高まりとともに人工的に氷を作り出す技術が発達。日東製氷株式会社は日本各地に機械製氷会社や製氷工場を建設し、安定した氷の供給に向けて取り組みを進めていきました。
漁業者たちを支えた氷の供給
東京から約1,000kmも離れた小笠原諸島・父島に、なぜ製氷工場が建設されたのか。
その背景には、明治維新後に本格化した、現在の南太平洋の海域での漁業の発展があります。
当時、南太平洋の海域から日本列島までは、およそ2,000km。
その中間地点に位置する小笠原諸島は、長い航海を続ける漁業者にとって、魚の鮮度を保つために必要な氷の補給地点として最適だったとされています。
そして魚の鮮度を保ったまま運ぶのに欠かせなかったのが、保冷効果が持続する氷でした。
製氷工場の2階で75kgほどの大きな氷を製氷し、それを砕氷せずにコンベヤーで滑らせて船舶の側面まで運び、漁業者に提供。
当時は多くの船が氷を求めて列をなすほど、高い需要があったといわれています。
製氷海岸は遠浅で船が岸まで近づけなかったため、製氷工場から海へ伸ばしたコンベヤーで氷を運んでいたそう。その名残として、コンベヤーを支えた橋脚の一部が今も残っている
このことから、製氷工場近くにある海岸は「製氷海岸」と呼ばれるようになりました。
小笠原村とニチレイのあゆみ ~昭和から令和へ~
大正から昭和初期の小笠原諸島は、亜熱帯性気候を生かした農業・漁業が盛んで、7,000人以上が暮らしていました。
その後、1941年に第二次世界大戦の太平洋地域での戦闘が始まり、小笠原諸島は大きな転機を迎えます。
終戦後、小笠原諸島は一時アメリカの管轄下に置かれ、その後1968年に日本へ返還。同年、日本冷蔵株式会社(のちのニチレイ)は製氷工場の土地と建物を、当社所有地として正式に登記しました。
2009年12月、建物の老朽化や冷凍船の技術の進歩もあり氷の需要が低下したため、製氷工場を解体することに。
現在では工場跡地に芝生を張り、小笠原村に無償で開放。「タコノキの葉を使ったタコノキの葉細工」や「フラダンスサークル」などの地域活動にご利用いただいています。
小笠原村の生物多様性保全の取り組み
小笠原諸島は、大陸と陸続きとなったことがない「海洋島」。
そのため、独自の進化を遂げた固有のいきものが多く存在します。
また、小笠原村の海岸には、絶滅危惧種であるアオウミガメの繁殖地も。
認定NPO法人エバーラスティング・ネイチャーが運営する「小笠原海洋センター」が中心となってアオウミガメの保全に取り組んでいます。
小笠原海洋センターでは、卵の保護や孵化した子ガメの飼育・放流のほか、甲羅磨きや給餌体験といった一般見学者向けの体験型プログラムも提供。
なお、小笠原海洋センターの施設は、ニチレイの社有地の一部を活用いただいています。
アオウミガメの甲羅磨き
ニチレイは、2022年にサステナビリティ基本方針「ニチレイの約束」を制定。持続可能な社会の実現に向け、社会との共生、気候変動への取り組みや生物多様性の保全などに取り組んでいます※。
※具体的には、グループ重要事項(マテリアリティ)の「持続可能な食の調達と循環型社会の実現」において、「ニチレイグループの自社拠点や社有地における生物多様性保全活動の実施」を目標としている。小笠原での活動もこの方針に基づいたもの。
さらに2025年8月には、未来の地球にバトンをつなぐ社会貢献活動「AQTION!」に取り組むすみだ水族館(東京都墨田区)と生物多様性保全に関する連携協定を締結。
アオウミガメの保全活動や、小笠原村の情報発信、ワークショップなどを通じて、地域社会や生物多様性保全に共に貢献していくことを目指しています。
すみだ水族館での協定式の様子
【Part2 美しい海を守る アオウミガメの保全活動レポート(仮)】(4月公開予定)で、ニチレイがすみだ水族館とともに取り組み始めた活動を見てみましょう。
小笠原諸島で見られる珍しいいきもの
ニチレイが生物多様性保全の取り組みで連携している、すみだ水族館。
その現場でいきものと向き合ってきたスタッフに、小笠原諸島ならではのいきものについて教えてもらいました。
すみだ水族館
飼育スタッフ
藤原さん
小笠原諸島には固有種のいきものがたくさんいますが、中でも今回ご紹介したいのが「マイマイ(カタツムリ)」です。
マイマイは、目に見えないような小さな種から、アフリカマイマイのような殻高20cmほどになる大きな種など約800種います。小笠原諸島だけでも100種類以上が存在しており、そのうち、なんと約90%が小笠原諸島の固有種とされているんです。
一見すると、のんびりしているように見えるマイマイですが、よく見ていると意外に速く進んだり、長い触角を動かして障害物を見つけてよけたりとすごく面白い動きをしているんですよ。地上で暮らす種類のほかに、木の上で暮らす種類もいるのですが、今にも落ちそうな体勢で木にぶら下がっていることも。その予想もつかない動き方に、時間も忘れて見入ってしまいます。
オガサワラオカモノアラガイは、小笠原諸島の湿度の高さから殻が退化して小さく、透明でぷるぷるした体が特徴的。地元の方からは「水饅頭」などと呼ばれ親しまれています
しかし、小笠原諸島ではさまざまな環境要因によりマイマイの絶滅が危惧されています。
すみだ水族館でも環境省の保護増殖事業の協力として、2024年から保全活動に参画しました。現在、生息域外保全としてオトメカタマイマイとコガネカタマイマイの2種を飼育・繁殖し、展示も行っています。
オトメカタマイマイ(左)とコガネカタマイマイ(右)



